1 赤い靴はいてた 女の子
  異人さんに つれられていっちゃった

2 横浜のはとばから 船に乗って
  異人さんにつれられて いっちゃった

3 今では青い目に なっちゃって
  異人さんのお国に いるんだろ

4 赤い靴見るたび かんがえる
  異人さんにあうたび かんがえる

「赤い靴」 野口雨情 作







あかいくつは、バレエに向かない



【飯塚洋子、四十二才、飲食店経営】
 何よ、あんた。こんなところにまで来ちゃってさ。もうアタシが話せることないと思うよ。忘れちゃったこともあるしさあ。無駄だって。無駄ムダ。
 タバコ? くれるの? やあねえ。アタシがコッチに入ったからってさあ、ずいぶん親切になったじゃないの、ありがと。ここじゃ火付けられないから、あとで一服するね。
 アタシさあ、タバコに火付けンの上手いんだよ。刑事さんさ、アタシのお店よく来てくれたよね。そうそうザキの……YOUKOってお店よ。有隣堂の角を曲がったところ。そうそう、カレーミュージアムの裏手ンとこね。アタシって2年後ぐらいには出れるんでしょ? 出たらさサービスしてあげる。タバコ、箱に入ったままだって火付けちゃうんだから。ホントよぉ。
 
 で、何話すの? どのガキの話? それともカズの話?
 ああ、カズの話ね。刑事さん、あのあと埠頭に行ったんでしょ。逃げられちゃった? そんならアイツ、もうフィリピンにでも高飛びしちゃったんじゃないの? 女のパンツの中にでも隠れてさぁ。あはは。

 ……死んだ? カズが?

 そう……。それでアンタは自分の身を守ったってわけね。怪我しなかった? 大丈夫?
 ピストル、持ってんのね。そんなカワイイ顔しちゃってさ。人殺しの仲間入りじゃん。
 ごめん、ウソよ。謝るってば。

 いいんじゃない。正当防衛なんでしょ。アタシも悲しまないよ。あんなヒドイ奴、死んで当然だしね。
 アタシがどんなにブン殴られたか話したでしょ? ただの女衒ぜげんのくせにさ、女を殴ってウサ晴らしするのが趣味なんだよ、アイツは。フィリピーナのコなんか、もっと死ぬほどブン殴られてた。
 例の、さらってきたガキが一回泣いたら、お守りの女のコは三発殴られるの。
 一度さ、アイラっていうフィリピーナが、売り物のガキを一人逃がそうとしたことあったんだよね。それがカズにバレてさ。あれはほんとに酷かったよね。顔以外を死ぬほど殴りつけてさ、タバコの火を押し付けてた。スカートで見えないぐらいの場所にだよ。
 あとで聞いたら、アイラは妊娠してたんだって。それで仏心が出ちゃったってワケ。日本人のガキがさ、東南アジアに連れてかれてどんな末路を辿るか聞いちゃったらねえ。分からないでもないけど。
 だからねぇ、刑事さん。アンタに感謝する人いっぱいいると思うよ。とくに女のコ。
 いいんだよ。死んで当然の奴なんだから。
 
 え? ううん。いないよ。アタシたち子ども出来なかったから。……休日? ヤクザに休日なんかないよ。てか、なんで、そんなこと聞くの刑事さん。
 バレエシューズ? カズが持ってた?
  19センチじゃあ子供用だね。それ。ほんとにカズが持ってたの?
 あ、分かった。ガキの親から金をせしめるのに使うつもりだったんだよ、きっと。
 ……新品なの? 松坂屋の包装紙? じゃあカズが誰かに買ってあげたってこと? なにそれ、有り得ないよ。
 アイツが、人に贈り物するなんて聞いたことないよ。
 
【大谷丈志、二十五才、夜間性飲食店勤務】
 ザキってのは、伊勢佐木町のことだよ。洋子サンも飯塚サンも、あのぐらいの年代の人はそう言うんだよ。
 オレ? オレは東京生まれ。ウチの店がさ、横浜支店を出すってんで。引き抜かれたの。ぶっちゃけ、給料はそんなに変わらなかったんだけど。歌舞伎町より、競争が激しくないっつーか。安心して働けるっつーか。
 あ、今笑ったろ? アンタにゃ分かんないかもしれねーけど。ホストって商売はけっこうツライんだぜ。
 アホみたいに儲かると思ってさ、バカなガキどもが首突っ込んでくる。無論オレらは相手にしないさ。だから女連れ込んでくるまで金はやらない。連中には外でブラブラしててもらうのさ。
 刑事さんも、けっこうイケメン風だけど、ホストになるとうまくいかないと思うね。結局オトコは顔じゃないってこと。コツってのがあってさ……。

 あ、ごめんごめん。飯塚サンの話だったな。
 飯塚サンはオレらには結構良くしてくれたし。いい人だったよ。あんま喋らなかったし、笑ったとこなんか見たことないけどさ。モーホーってわけじゃないけど、風俗専門なのに女には一切手ェつけないって聞いたしな。女嫌いってところはあったかも。
 よくドライブに連れていってくれたかなあ。見ただろ、あのベンツ。
 轢かれそうになった? そ、そうなの? ……あっ! じゃあ飯塚サンが撃たれたのっって。

 ……。まあ、なんだ。アンタも仕事、飯塚サンも仕事だもんな……。仕方ないんだろうな、そういうのって。
 飯塚サンは、なんつーか、仕事一筋っていうの? 真面目なサラリーマンみたいなヤクザだったよ。
 今さら言ったってしょうがねえかもしんないけどさ、どうせアンタが見たときだって飯塚サン一人だったんだろ。ガキの人身売買なんて大掛かりなこと、飯塚サン一人で出来るわけねえんだよ。でも、ガキたちが帰ってくりゃ、アンタらはそれでいいんだ。この事件もこれで手打ちにするんだろ。

 プライヴェート? 飯塚サンの?
 いや、だからドライブに連れてってもらったぐらいだって。アンタ調べてないの? ずっとあの人に張り付いてたんじゃねえの?
 上司の方は知ってるって? アハ、そうだよな。言われてみりゃそうだ。

 変わったことねえ。うーん、そうだなあ。しいて言えば、オレらの店に来る日が変わったことかなあ。
 飯塚サン、いつもは週末近くに来てさ、スカウトする女の子をチェックしに来てたんだけど、最近は月曜日とか火曜日だったなあ。週の初めは客の入りも悪いし、あんまりカモになりそうな女も来ないんだけどな。それは分かってるハズなんだけど。
 あ! そうだ、そういえばこないだ、黄金町のあたりで飯塚サン見かけたんだ。うん、ジャックだかベティだと何とかいう映画館があるあたり。ユニクロの袋ぶら下げてさ、歩いてたんだよ。ヤクザがユニクロの袋だぜ?
 ちょっと声かけづらかったけど、オレ車だったからさ。窓から顔出して、飯塚サンどっか行くなら送りましょうかって言ったんだよな。そしたら飯塚サン、いきなり怒ってさ。マジ怖かった。
 結局、どこに行ったんだか分からずじまい。まあ、歩いてる方向からして、阪東橋の方に用事があったんじゃないかと思うんだけどね。
 
【相原克、六十二才、クリーニング店経営】
 この人、すごくガタイのいい人ですよね? ああ、たぶんそうだ。見ましたよ。夕方とか、ウチが店じまいするころだから、夜の八時ぐらいかな。商店街の中を歩いてるのを見ました。
 そうです、よく分かりましたね。女の子と一緒です。ここいらで、アゲハちゃんって呼ばれてる子と一緒に歩いてて、だから覚えてたんですよ。
 アゲハちゃん? あれ。刑事さん、伊勢佐木署の人でしょ。知らないの? 見たことないですか? 小学二、三年生ぐらいの女の子で、白い大きな帽子を被ってて、……顔全体にね、蝶々みたいな赤いブツブツができちゃってる子ですよ。
 こう、鼻のところがちょうど蝶々の背中で、額と頬が真っ赤なんです。かわいそうに、エリテマ何とかっていう難病みたいだけど、日の光にあたると良くないらしくて。それで白い帽子を被ってるって聞きましたよ。
 あの白尽くめのメリーさんほどじゃないけど、この辺の人なら誰でも知ってるぐらいの、有名な子なんだけどなあ。
 いや、どこの子とかは、よく知らないです。でも私が聞いた噂によると、家は阪東橋の横浜橋商店街の方だそうですよ。元は喫茶店か何かのお店の子らしいんですけど、お父さんが亡くなってから、お店は廃業しちゃって。それでお母さんは曙町の風俗店で働いてるとかで。だから、アゲハちゃんはお母さんが恋しくて、夜この辺りを歩いてるんじゃないかって話です。
 
 そうですね、覚えてる中では金曜日の夜でしたね。よく、そこのラーメン屋に入って二人でゴハン食べてましたよ。出てきたら……、見えますか? あの、あそこにコンビニあるでしょ。あの角を左に曲がっていくんです。末広湯さんっていう銭湯がある方ですよ。
 私も二人を追いかけて確認してるわけじゃないですから。どこに行ったのかまで知りませんけどね。彼はともかく、アゲハちゃんの方はけっこう楽しそうにしてましたよ。
 
【小杉由香里、三十四才、主婦】
 飯塚さん? 飯塚さんっておっしゃるんですか、この方。苗字は、西川さんじゃなかったの? だって、麻紀ちゃんのお父さんでしょ。彼。
 ああー。そうなんですか。うん、まあ正直その筋の人だって分かってました。最初、見かけたときなんか、ダブルの黒いスーツだったし。袖からチラッてロレックス見えてたし。
 
 いいえ。最初は二人で、外からこの教室の中を見てたんです。麻紀ちゃんの方はね、そこのガラスにぴったり張り付いて、みんなが踊ってるのを羨ましそうに見てたんですよ。そうしたら、ウチの生徒さんたちがね、その……ね、ちょっと、って言うもんだから、わたしが外に出てって、話をしたんです。
 麻紀ちゃんは、ここでバレエを習いたいみたいでした。でも、モジモジしちゃって。あの子すごく恥ずかしがりやさんなんですよ。自分で言えなくてね。それで西川……いえ、その飯塚さんがわたしに言ったんです。「この子にバレエを教えてやってくれ」って。
 
 でも、わたしはそのとき、すぐにハイって言えなかったんです。麻紀ちゃんがどうのってわけじゃなくて、その時間帯って大人のクラスしかなかったんですね。だから、もう少し早い時間だったら小学生のクラスがあるわよってお話したらね、麻紀ちゃん、すごく悲しそうな顔をして……。
 わたしも馬鹿だったんですけど、麻紀ちゃんはあの病気のせいで、学校でも苛められてて、同じ年頃の子と一緒になるのが嫌だったみたいなんです。彼がね、怖い顔でわたしを睨んで、それでハッと気付いて。

 それなら、大人のクラスが終わるのが八時だから、その後に個人指導でもしてくれないか、とも言われました。ええ、そうです。飯塚さんがそう言ったんです。「お金ならいくらでも出す」って、ポケットから、こーんな分厚い財布出してね。中のお金を見せようとするから、わたし慌てて止めて……。
 ここはわたしのバレエ教室だけじゃなくて、ほかにも絵手紙教室とかパソコン教室とか、地域の人たちがいろんな習い事に使ってるんですね。だから終わりの時間もきっちり八時って決まってて。
 なかなか難しいところがあるんですけど、とにかくいろいろ調整してね。結局、金曜日の大人のクラスが終わったあと、八時から三十分だけ麻紀ちゃんの個人レッスンをすることにしたんです。大家さんに交渉して、なんとか三十分延長することができて。
 レッスン料は……やあねぇ、刑事さん。ちゃんと規定通りよ。お月謝で五千円。お金は彼から、もらってあります。なんか、どうしても前払いで払いたいっておっしゃるから、とりあえず一年分だけ頂きました。
 個人レッスン自体は二ヶ月ぐらい前から始めたかしらね。麻紀ちゃんが踊ってるのを、彼は静かに見てました。帰りはいつも手つないで、楽しそうにしてね。……え? はい。笑ってましたよ。二人とも楽しそうに。だからわたし仲のいい親子だなあって思ってたの。人は見かけによらないわ、と思って。

 そうそう。聞いてよ、刑事さん。あの時は、本当にびっくりしたわ。
 木曜日の教室が終わって、家に帰ろうと歩いてたら、突然後ろから彼が追いかけてきて、呼び止められたんです。話があるって言うんです。初めて見た時みたいな真っ黒のダブルのスーツ姿でした。
 わたし怖かったんですけど、……分かるでしょ? あんな風にスゴまれちゃったら、断れなくて。ついて行ったら、表通りに黒塗りのベンツ停まってるの。まんまでしょう? 「乗れ」って言われて、助手席に乗りました。手が震えちゃって。わたしシートベルトも締めずにカバンを握り締めてました。
 それで、車は大桟橋の中まで入って、ターミナルの目の前で停まりました。「降りろ」って、言われたから降りたわ。そしたら彼、海辺の方に歩いて行って……ずっと海を見ながら、タバコ吸ってるだけで何も言わないの。
 怖かったんだけど、いつまでもそうしてるわけにいかないから。わたし、勇気を振り絞って、お話って何ですかって聞いたのよ。
 ねえ、刑事さん。そしたら、彼、何て言ったと思う?
 麻紀ちゃんを頼む? 違う違う、そんなんじゃないのよ。ふふ。

 彼、「俺にもバレエを教えろ」って言ったのよ。

 嘘じゃないわよ、本当よ。あのコワモテのルックスで、バレエを教えろ、よ? でも、わたしが噴き出しそうになったら「笑うな」って。ちょっと怖かった。
 麻紀ちゃんのレッスン、週一回しかないでしょう? だからね、ほかの日にも教えてあげられるように、自分でも学ぼうと思ったらしいわ。
 仕方ないから、彼からもお月謝五千円で、一年分いただきました。レッスンは木曜日の夜ね。彼の希望で、窓を閉め切って密室レッスンよ。大家さんも、ゼンゼン文句言わなかったわ。よくよく考えてみれば、すでに彼が直接、大家さんと話してたのかもしれないけど。
 うん、それがね。意外にセンスあったの。ずっと見てたからなのかもね。彼、熱心に練習してたし、上達も早かったですよ。ひょっとしたら麻紀ちゃんに教えたいっていうよりも、本当にバレエが好きになって、自分でも習いたくなったのかもしれないわ。

 ……えっ!
 
 ほ、本当ですか? そんな、だってわたし、つい二日前にレッスンで会ったばっかり……。
 だって、あんなに楽しそうにしてたんですよ! ヤクザだか何か知らないけど、彼だってわたしの大事な生徒の一人です。バレエだって真剣にやってたし、彼は、絶対に悪い人じゃないです。麻紀ちゃんだって他所の子だったんでしょう? それなのにあんなに面倒見てあげてて、楽しそうに……

 ……ごめんなさい。ちょっと、すみません。
 わたし、彼が、亡くなったなんて信じられなくて。もう……いいですか?
 麻紀ちゃんに伝えてあげてください。いつでも教室開けて待ってるからって。
 
【川合健人、三十二才、警察官】
 約束? どんな約束してたの? あのおじさんと。
 ふうん。麻紀ちゃんは遠い国に行きたかったんだ。バレエが上手くなったら遠い国に行けるって、おじさんが言ってたの? そうだね。そうかもしれないね。
 実はね、あのおじさんはもう麻紀ちゃんのところに来られなくなっちゃったんだ。
 おじさんは、遠い国に行っちゃったから、僕が代わりにこれを君に届けに来た。

 違うよ。そうじゃない。
 おじさんは麻紀ちゃんのことを嫌いになったりなんかしないよ。それは僕が保障する。おじさんは麻紀ちゃんに頑張ってほしくて、この靴をプレゼントしたんだ。
 おじさんは仕事で遠い国に行かなきゃいけなくなったんだ。だからもう麻紀ちゃんには会いに来れない。でもね、おじさんは言ってたよ。麻紀ちゃんは、病気にも負けない強い子だって。
 ね? そうだよね。麻紀ちゃんは強い子だよね。おじさんがいなくても大丈夫だよね?
 由香里先生も、ちゃんとレッスンに来てねって言ってたよ。麻紀ちゃん、バレエ続けられるよね。おじさんからもらったこの靴を履いて、踊ったら、きっとおじさんも喜んでくれると思うよ。僕は。
 
 僕には麻紀ちゃんの病気のことはよく分からないけど、麻紀ちゃんが自分の夢に向かって頑張ったら、きっと病気なんか直っちゃうよ。病気の方が麻紀ちゃんを置いて、遠い国に行っちゃうんじゃないかな。
 
 だって君の靴はあかいくつじゃないから。
 
 
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お読みいただいてありがとうございました。


この小説は、第7回うおのめ文学賞で、掌編小説部門で優秀賞をいただきました。


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Talking Rabbit with Shovel
by Kanae Fuyushiro Copyright (C) 2006