Chapter3  王立闇法廷


Chapter3-7 彼女の疵


「アイリーン?」
 ジェレミーに銃をつきつけられながらも、黒衣の貴婦人は美しい眉を寄せていた。
「あなたも、昨日の男と……」
 彼女は自分を耳慣れない名前で呼ぶジェレミーの顔をまじまじと見た。アイリーン。黒ノ女王は、自分のことをそう呼ぶ男にもう一人、昨夜出合っていた。
「昨日の男? あ、ジャムのことだね。アレ俺の兄貴」
 ダンッ。ジェレミーはひょうひょうとした口調で言いながら、チラと狼女の方を向いて、右手のリボルバーの引き金を引く。悲鳴が上がり、狼女ナンシーが仰け反るように上を向いた。
 ジェレミーは言われたとおりに、銀の弾をナンシーの両肩と両足に撃ち込んだのだった。四肢の自由を奪われたナンシーはウォォォンと啼き、そして苦痛に呻く。
 そう、彼はメイドのレベッカとともに、今まさに王立闇法廷(ロイヤルコート・オブ・ダークネス)の初仕事として狼女の捕縛にとりかかっていたのだった。当然ながら、ジェレミーは乱入してきた黒ノ女王を、どうこうする気は無い。業務が終わるまで静かにしていてもらえれば。そんな軽い気持ちで銃を向けているだけである。
「よし、でかした!」
 レベッカが叫び、鎖を放つ。まるで生き物のように波打った鎖は狼女の身体に巻きつき、その身体を締め付けるようにまとわりついていく。
 ギンッ。少女が鎖を引き絞って引くと、狼女はどうと床に倒れた。
「一丁上がりだ、ジェル。ずらかるぞ!」
「う、うん……」
 声を掛けられ、ジェレミーは右手の銃を下げつつ、もう片方の銃を向けた黒ノ女王をどうしようかと、困ったように見る。
「王立闇法廷……。あなた方はその人狼をどうするつもりなのです?」
 静かに問う黒衣の貴婦人。
「法廷で裁くんだよ」
 するとレベッカが鋭く、口を挟むように答えた。
「裁いた後は?」
「ニューゲイト監獄か、ベツレヘム癲狂院行きだよ。どっちも月妖用の独房が、ちゃあんと備わってンのさ」
言いながら、レベッカは黒ノ女王を顎でしゃくってみせる。「お前だって、人殺しすりゃあ同じ運命だぞ」
「わたくしは人殺しではありません」

 いきなり、黒ノ女王が動いた。

 ジェレミーの銃から逃れるように、横に飛んだ彼女は、両腕を目の前で交差させるように影を放った。レベッカとジェレミーは反応することが出来なかった。──というより、自分がターゲットでなかったために彼ら二人は動けなかったのだ。
 くぐもった悲鳴を上げたのはナンシー。
 狼女の口に、影の帯が刺さっていた。いや、口から影が侵入していたと言い換えた方がよいだろう。黒ノ女王の武器である影の帯が、ナンシーの内臓を破壊するためにどんどんと体内に入っていく。
 ナンシーは白目を剥いた。
「わっ」
 その様子を見て、さすがのジェレミーも顔をそむける。
「や、やめろ!」
 ようやくレベッカが反応し、鎖を引いた。だが無駄だった。
 影の帯はナンシーの体内に侵入しているのだから。

 ぐちゃ、びちゃという嫌な音が。影の帯が狼女の内臓を食い荒らす音がして──。
 びくん。ナンシーは身体を硬直させ、そして静かになった。
 
 影の帯はスーッと消え、そして黒ノ女王の手元に残っているだけになった。
 しん、という静寂が3人の間に訪れる。
「どういうことなんだよ、これは」
 低い、低い声だった。
 黒髪の少女は俯いたまま手にした鎖を手元に引き寄せた。その手は力を入れすぎて、いつもよりもっと白く、白く。血管が白く浮き上がるほど強く、鉄の鎖を握り締めていた。
「わたくしはいかなる月妖であるとも、見逃したりはしません」
 対する黒ノ女王は淡々と言った。冷たく、そっけない声だった。
「いい度胸してるな、おい」
 レベッカはさらに鎖を引き寄せ、狼女の死体からそれを回収した。シャラシャラと音を立てながらゆっくりそれを構える。
「覚悟しな、雌犬(ビッチ)。脳みそブチまけてやる」
 ブゥンブゥンと、レベッカは鎖を振り回しながら凄みのある笑みを浮かべた。月光の淡い光の中で、可憐な少女はその容貌に似合わない武器と、表情をもって正面に立つ貴婦人を見る。
 黒ノ女王は無言だった。ベールの中の顔は怯えたり恐れるよう素振りを見せない。二対一というこの戦局を、不利とは感じていないのか。
「月妖に存在理由などありません。あなた方には、ただ死あるのみです」
「ええッ!? ちょっと待って。俺も入ってんの!?」
驚いて声を上げるのはジェレミーだ。「嘘でしょ、何で?」
「お黙りなさい、“夢魔(ナイトメア)”め!」
 ぴしゃりと言う貴婦人。
「お前のような存在を滅するために、わたくしは存在しているのです」
 言いながら、彼女は真横に跳んだ。
 おそらくはジェレミーの銃撃を避けるためであろう、右手の帯を広げて障壁にするように自分の前に張り、左手の帯をレベッカに向かって放つ。
「甘めェんだよ、クソが!」
 鎖と帯が絡まり会い、ガキィィン! と音をさせて空中で止まった。ニヤと笑うレベッカ。一瞬だけ力を抜いたかと思うと、くるりと反転して鎖を背負うようにして黒ノ女王の身体を引き寄せようとする。
 表情をこわばらせた黒ノ女王だったが、少女の怪力に勝てなかった。彼女はバランスを崩し、前のめりに数歩踏み出していた。
 しかし、ジェレミーは動かない。黒ノ女王は彼にとっては義姉に瓜二つの女性である。攻撃することなどもってのほかだったのだが、当の本人はそんなことを知る由もない。敵の一人が動かないのを見て、彼女は勝機を掴んだのか、強い視線をレベッカに向ける。
「死ね!」
 少女が左手の鎖を放った。相手を縛るためではなく、直接打撃を加えるためである。鎖は真っ直ぐに黒ノ女王の白い襟ぐりに向かった。
 ──まずい! 傍観者であったジェルがそう思った時だった。
「残念ながら、わたくしの方が手をたくさん持っているようですわね」
 ブワッ。突然、黒ノ女王の背中から無数の細い影の帯が溢れ出た。影の帯はレベッカの鎖をアッという間に空中で掴み取った。そして残りの帯は間髪入れずレベッカに襲い掛かる。両手の塞がった彼女にである。
 可憐なメイドは目を見開いた。咄嗟に鎖から手を離そうとするが、それも間に合わず──。

 銃声が二つ、鳴り響いた。

 鎖が千切れ、飛び散っていた。しかしジェレミーの救出が間に合わなかったのか。
 愛らしいメイドの身体には、無数の影の帯が突き刺さっていた。
 月の光が、微笑む黒ノ女王の横顔を映し出す。──その冷たく、鋭利な刃物のような微笑みを。

「ひゃー、ビックリしたな、もう」

 ジェレミーは腕に抱いていたレベッカの身体を床に降ろす。狐につつまれたような顔の少女。
 振り向き、黒ノ女王は驚いたように、自分の技が仕留めた敵が居た場所を見た。確かに影の帯はメイドに刺さった。そう思ったのだが、目の前にあるのは無残に破壊された椅子があるだけだ。
「おのれ──!」
 月狩人たる彼女はすぐに思い至った。これは“夢魔”の能力の一つだ。
「やるじゃねェか、ジェル」
 遅れてレベッカも、ジェレミーに助けてもらったことを察して声を上げる。
 彼女に礼を言われて。彼は、ようやく今、自分が行ったことに気付いた。呆然と自分の手を見つめて目をしばたたかせるジェレミー。
 自分は確かにレベッカに影の帯が突き刺さるのを見た。心に思い浮かんだのは、“ちょっと待って、タンマ!”という言葉だった。二人がこんなことで殺しあっちゃいけない、レベッカが死ぬなんてことはあっちゃいけない。そう思ったら、彼女が自分の腕の中に居たのだ。
「夢魔め、わたくしの身がどうなろうとも、貴方を滅ぼします!」
 自分にどんな力が……。ジェレミーがまだ状況の半分もつかめていないというのに、黒ノ女王は待ってはくれなかった。むしろ彼女の戦闘意欲はエスカレートの一途を辿っている。
 慌てて、彼は彼女の方に向き直った。
「ね、あのさ。俺あんたと戦いたくないんだ。ホントに。やめない?」
 レベッカと黒ノ女王の間に割り入るようにして、ジェレミーは言った。自分の気持ちを落ち着けるためにも、言いながら長く息をつく。
「二対一だよ? やめようよ。また出直せばいいんじゃない?」
「出直す? このわたくしが? そんな屈辱を受けるのなら死んだ方がマシです!」
 だが、残念ながら。この発言が黒ノ女王の怒りの炎に油を注ぐ結果になった。
 黒衣の貴婦人はパッと後ろに跳び退くと、顔の前で両手を組み、何やらブツブツとつぶやき始めた。
 何やら不穏な動きを察して、鎖を手に身構えるレベッカ。
 ジェレミーは、アレこれヤバくない? と思った。映画やゲーム馴れしている彼からしてみると、黒ノ女王の行動は、まさに最終的な必殺技を出す直前の動作に見えた。RPGだったら、バックミュージックがラスボス用に変わるところである。
 彼女の周りの空気が震え出した。何やら影が渦のような瘴気となって黒衣の貴婦人の身体の周りを旋回し始めている。
「!」
 さすがのジェレミーも眉をひそめた。何だこの禍々しい瘴気は。この空気に触れていると、腹の底から吐き気と不快感が湧き上がってくるようだ。
「レベッカ、逃げよう」
──これはまずいぞ、本当にまずい。咄嗟に傍らの少女の腕を掴むジェレミー。何でだよ、と叫ぶ彼女を制するように、「あの人と戦う理由がないよ!」
 くるり。貴婦人に背を向け、彼らが窓に向かって猛ダッシュをかけようとした瞬間。背後から、ぞわりとした瘴気が二人を襲った。
 悲鳴を上げたのはレベッカが先だった。
 見れば、彼女の腕がみるみるうちに紫色に変色していく。瘴気に触れて急速に腐り始めてしまったのか、しゅうしゅうと何かの蒸気まで発しているではないか。
 ──いけない!
 ジェレミーは先ほどのように、強く念じた。今の出来事を無かったことに──。
「滅せよ! わが闇」
 黒ノ女王が叫ぶ。彼女の闇がわななくように蠢いた。
 しかし、レベッカの腕は元に戻っていた。
「ジェル!」
 代わりに膝を折ったのはジェレミーだ。
 レベッカ、と彼は少女の名を呼び、微笑んだ。彼は自分でも何が起こっているのか分からなかった。夢魔の力とやらを使い過ぎたのか。身体から力が抜けて立っていることすらままならない。
 床に両手を着き、ジェレミーはゼェゼェと息を切らした。
 その彼を庇うように立つのは、鎖を構えた少女だ。
「やられてたまるか、死ぬのはテメェだ!」
 
 そう叫んだ、レベッカの姿が消えた。

 貴婦人が背後に気配を感じたのはほんの一瞬。──ゴガッ! 前のめりに投げ出された彼女は悲鳴を上げる間も無かった。
 しかしその彼女の身体は床にぶつかることは無かった。
 背後で、恐ろしい勢いで腕を振り回すメイドが無数の鎖を操っている。部屋中に鎖が飛び交い、黒ノ女王の足元からその身体に巻きつき、首へ。
 無骨な鎖は、ぎりぎりと彼女の細い首を締め上げ、その身体を部屋の中央に掲げていく──。黒ノ女王のまとっていた瘴気は、ふつりと途切れ、霧が晴れるように徐々に希薄になっていった。
 あとに残ったのは、無数の鎖で出来た塔。鎖が一人の貴婦人の首を締め上げているという光景だった。
 元々白い貴婦人の顔が、さらに白く蒼白になっていく。
 彼女はその細い手で戒めを取り除こうともがいた。しかしその手もやがて力なく下にだらりと下がり──。

「──アイリーン!」

 その時、鎖の塔を光が一閃した。
 何か刃のようなものが無数の鎖を斬ったのか。突然、鎖が引きちぎられ、バラバラと党が崩壊していく。
 何ィッ! と声を上げるレベッカだったが、彼女は見た。
 窓から飛び込んできた人物が貴婦人を受け止め、重力を無視するようにふわりと目の前に降り立つのを。
「お、お前は……!」
 ギーブス&ホークスのスーツを着こなした栗色の髪の男。彼はくるりとレベッカを振り向いた。

 言うまでもない。それはベンジャミン=シェリンガムだった。

「テメエよくも邪魔を……」
「──ジェル!?」
 レベッカは突然現れたベンジャミンに詰め寄ろうとした。が、彼がギョッとして弟の名を呼ぶのを聞いて、立ち止まった。
 ん? と自分の傍らに視線をやると、そこにはジェレミーが倒れていた。身体中を鎖に巻きつかれ、四肢を絡め取られて完全に気を失っている青年が。
「うわあ! ジェル、ヤッちまった!」
 慌ててレベッカは相棒の拘束を解きにかかった。ベンジャミンの方は弟の顔色を見て、大事に至っていないことを瞬時に察すると、もっと深刻な状態にある者の方に意識を移した。
 すなわち、腕の中の黒ノ女王に、である。

「アイリーン」
 ベンジャミンは息ひとつ乱さず、優しく貴婦人に声を掛けた。長いまつげがひくりと動く。
 彼女は目を閉じたまま身じろぎし、自分を抱えている男の背中に手を回した。
「……血が、血が止まらないわ、兄様」
 うわごとのように呟く貴婦人。白い胸が彼女が息をするたびに上下する。何を言っているのだろう。ベンジャミンは眉を寄せ、彼女の意識を取り戻そうとその頬に手を触れた。
「……兄様、嘘よ、兄様がそんな、血が、──やめて!」
「アイリーン」
 ベンジャミンはこの女性があまりにも自分の死んだ妻に似ているせいで、他の名前で彼女を呼ぶことが出来なかった。しかも苦しそうに何かつぶやいているではないか。
 彼は自分の胸がしめつけられるような気分を味わった。
「アイリーン、もう大丈夫だよ。しっかりして」
 黒ノ女王はその目を開けた。
 ベンジャミンがよく知っている青灰色の瞳だった。

「ジャム……」

 彼女の口がぽつりと、彼の名を呼んだ。
 目を見開くベンジャミン。
「アイリーン?」
 ──今のは一体!?
 ベンジャミンは意識が白くなりかけるほどの衝撃を受け、腕の中の女性の顔を見た。
 彼女は微笑んでいた。
 これは俺の幻想か。ベンジャミンは周りが全く見えなくなった。そこにいるのは死んだはずの妻、アイリーンだった。
 ジャム、と彼女はもう一度、彼の名を呼んだ。
 この声、この青灰色の瞳、この表情。
 なぜ、なぜ、ヴィクトリア時代に生きる彼女が自分の愛称を知っているのだ。

 アイリーン。本当に君なのか。

「──ジャム!」

 誰かに肩をこづかれて、ベンジャミンは我に返った。腕の中のアイリーンから顔を上げると、前に礼服姿の男が立っていた。
 それはカーマイン=アボットだった。
 今まで一体どこに居たのか。どこからともなく現れた彼は、ステッキの先をベンジャミンの肩に置いたまま、しっかりしろ、と言った。
 何が、と言い返そうとした時、カーマインは強引にステッキを使って、黒ノ女王の身体をベンジャミンから離した。
「なっ……!」
 自分の腕からこぼれ落ちるように床に倒れる貴婦人。
 ベンジャミンは怒りの声を上げ、手を伸ばした。すると室内だというのにあらぬところから風が吹き、貴婦人の身体をそっと床に下ろす。
「言霊(スペル)は使えるようになったようだが、油断のし過ぎだ」
カーマインが鋭く言った。「君は今、魂を抜かれそうになっていたぞ」
「何だと?」
 ギラとベンジャミンは先祖を睨んだ。
 その一瞬の隙だった。ハッと身体を起こした黒ノ女王は、何かつぶやいて両手を広げた。途端に闇が生まれ、彼女の身体を覆い尽くす。
「しまった!」
 ベンジャミンが手を伸ばしたが遅かった。闇が消えるとそこには貴婦人の姿も無くなっていた。

「アイリーン!」
 まさに目を血走らせ、ベンジャミンは闇に向かって叫んだ。彼女が消えた床を見下ろし、理性を失ったように頭をかきむしっている。
 その後ろに、メイドの少女とそれに助け起こされたジェレミーが立った。弟は心配そうに兄の様子を伺っている。
「……あれは厄介だな」
そんな中、ぽつりと言ったのは、カーマインだ。「彼女は虜囚(プリズナー)だ」
 ベンジャミンは何度目になるか分からないほど、強い目つきで彼を見た。
「カーマイン、俺に分かるように説明しろ」
「ハ、先祖に命令か。君も偉くなったものだな」
 しかし王立闇法廷のトップは、ステッキで床に転がった鎖をこづきながら、落ち着いた様子で言った。
「いいだろう。端的に説明してやろう。君がこれからすべきことも分かるだろうしな」
 ベンジャミンの方に向き直り、カーマインは言った。
 まるで判決を言い渡すかのように。ゆっくりと。重々しい声で。

「彼女は──あの黒ノ女王は、元々は君と同じ言霊師(スペル・キャスター)のようだが、力を欲するあまり、良からぬ力を得て、その力の虜囚になってしまっているのだ。僕の見たところ、あと2回だ。彼女はあと2回、あの黒い瘴気を放ったら自滅する。……魂を闇に飲み込まれ、輪廻することも無く。彼女に力を与えた悪魔に魂を食い荒らされてしまうのさ」

「あれはアイリーンだぞ!」
 声を荒げるベンジャミン。「俺の名前を呼んだ。あれは俺の妻だ!」

「──惑わされるな!」
 
 恫喝するようにカーマインが言った。びくりと肩を震わせるベンジャミン。
「あれは連中の常套手段だ。君が最も欲する幻想を見せただけに過ぎない。──いいか、ジャム」
 グッとカーマインは、ベンジャミンの腕を掴んだ。
「彼女を助けたいか?」
「当然だ」
「なら、彼女の凶行を止めろ」
 青年紳士は、コツと床をステッキで付いた。
「彼女が恨んでいる相手を探せ。彼女の復讐を邪魔しろ。彼女の目の前で、復讐相手を拘束し逮捕するんだ。……分かっているな? 彼女に、あの黒い瘴気を使わせずに、君が復讐相手を無力化するんだ。出来るか?」
 ベンジャミンは無言でカーマインの顔を見た。
 言葉の意味を理解し噛み砕くまで、少し時間が必要だったのだ。
「俺がやればいいだけだろう?」
「そうだ」
ニッとカーマインは笑い、ようやく子孫の腕を離した。「分かればいいんだ。それじゃあ屋敷に帰るとするか」
 
 ベンジャミンの様子を見て、カーマインはにこやかに微笑みながら視線をメイドに移す。レベッカはペコリと頭を下げたが、彼は今回は仕方が無かったな、と言いながら彼女の頭を撫でてその労をねぎらった。
 そして隣りのジェレミーに、さきほどの戦いでの君はなかなかの働きぶりだったぞ。将来有望だな、と声をかける。ジェレミーは、えっどこで見てたの? と驚きの声を上げた。

 あれは本当に……。

 弟たちの声を聞きながら、ベンジャミンは深い思考に入っていた。
 カーマインの言う通りなのだろうか。あれはアイリーンの幻なのだろうか。死んだ妻。ベッドの上のやせ細った手。もういいのよ、ジャムわたしのことなんて。と言ったあの声。アイリーン。
 ジャム、と彼女が自分の名前を呼んだ時、彼の魂が震えた。
 幻なのかもしれない。しかし彼の心が震えたのだ。

 俺はもう一度、君に会いたい。

 カーマインたちに気付かれないよう、ベンジャミンは強く、強く、そう願っていた。

 
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Talking Rabbit with Shovel
by Kanae Fuyushiro Copyright (C) 2007