──もう怒ってないのに。 現れたジェレミーの姿を見るなり、カーマインは言った。 「そんなことより、早くそこに座りたまえ」 彼の屋敷内の、いつもの応接室だ。小柄なメイド──レベッカに、無理矢理ここへ連れて来られたジェレミーは、少女の後ろに隠れるようにしてカーマインに会った。 先日の失敗のことを、またこっぴどく怒られる。そう思ったからだった。 しかし、彼の思いに反して、カーマインの様子は普段と変わらなかった。これといった表情を浮かべずに窓の外を眺めている。 のろのろとジェレミーがソファに腰掛けると、何事もないように、彼も窓際からテーブルまで戻ってきてゆっくりと腰掛けた。ステッキを椅子の縁に傾けて置くと、レベッカに退室するように言いつける。 メイドが大人しく出て行くと、広い室内は二人だけになった。 静寂。真昼の白々しい光が、レースのカーテンを通して差し込んできている。ジェレミーは、その影を目で追ったままだ。何と切り出して良いものか分からなかったからだ。 「こっちでは、三日経ったが、君のところでも同じぐらいのようだな」 やがて、カーマインの方が口を開いた。「それにしても──君がここに現れたんで、僕は本当に安心したよ」 恐る恐るジェレミーが彼を見ると、カーマインは苦笑するように口端を歪めて笑っていた。 「君は、まだ、シェリンガム、だろう?」 うん、と頷いてしばらく。ジェレミーは、あっ、と小さく声を上げた。 カーマインも、別のことを気に病んでいたのだ。 すなわち、アナ・モリィのことである。 恋だとか結婚などと自分は無縁だと思っていた女が、未来からやってきた人間にいきなり「自分の子孫だ」と名乗られてしまったのだ。相当なショックだっただろう。 しかも子を成す相手が誰かまで知ってしまったら……もしかしたら、気まずくなって、その相手には会えなくなってしまうかもしれない。そうなっても不思議ではない。 「アナ・モリィは?」 「あれから会ってないんだ。──だが、心配なさそうだ」 カーマインは、淡々と答えた。しかし彼の口元は微笑んでいる。ジェレミーの存在が、彼とアナ・モリィの未来の繋がりの明かしなのだから。 「彼女のことは、しばらくそっとしておいてやろう」 まるで独りごちるように小さな声でそう言うと、カーマインはジェレミーを正面から見た。何かを吹っ切ったのだろうか。目の色が変わっている。 「よし。君が来てくれたことで、懸念事項は一つ決着したな。次はベンジャミンの救出だ」 「うん」 ジェレミーは、ようやくいつもの調子を取り戻すように明るくうなづいた。 彼の様子に、カーマインも一つうなづくと、微かに口元をほころばせる。ここに、二人だけのイレギュラーズ・チームが再結成されたのだった。 「さて。そうと決まれば──」 と、彼は何か言いかけて、ジェレミーの服装に目を留めた。 フーリガン的生活ライフを送っている彼は、いつものようにマンチェスター・ユナイテッドのユニフォームにジーパンという出で立ちだった。長い金髪は後ろで一つにまとめているが、どの時代であっても“きちんとした”装いでないことは明らかだった。カーマインは注意深くジェレミーの格好に視線を走らせ、そのまま壁の時計で時間を確認する。 「フフフ」 と、最後にカーマインは含み笑いをした。 「何?」 半ば、ギョっとするジェレミー。しかし構わず、カーマインは話を進めた。 「知っているか、ジェレミー。世の中には二種類の人間がいる」 「??? 二種類?」 「──自分では、それほど意識していないのに、ここぞという機会に遭遇できる人間と、そうでない人間……。要するに“主人公”と“それ以外”だ」 「主人公……って、物語の?」 「そうだ」 首をかしげながらも、ジェレミーが問いを返すと、カーマインは厳かにうなづいた。 「君は、おそらくそれだ。そしておそらく僕もそうだ。僕たちは物語の主人公のようだな」 「??? 何の話?」 「ああ──すまない」 軽く手を挙げて、カーマインは苦笑いしながら、その手を額にやった。 「僕の悪い癖だ。何か仮説を思いつくと他人に話したくてたまらなくなるのだ。──すまなかったな。きちんと説明しよう」 彼は、居住まいを直し続ける。 「君があまりにも良いタイミングに現れたから、それで僕は“物語の主人公のようだ”と、言ったのだ。実は、ジェレミー。今夜、ある大きな夜会が開かれるのだ。もともと僕一人でも出向くつもりだったのだが、今なら時間も十分ある」 「──何?」 今だ話を飲み込めていないジェレミーは首をかしげるばかりだ。夜会? 何が? 口に出して眉を寄せてみせる。 「君は僕と一緒に夜会に行くのだ」 しかし、結局のところマイペースなカーマイン。「それには、今の君の扮装は夜会にはそぐわない。着替える必要がある」 「なんで、夜会に?」 「“黒ノ女王”を捕まえるためだ」 ジェレミーの質問に、青年貴族は片目をつむってみせた。 「そして、彼女の中にいるベンジャミンを救うんだ」 「そっか!」 ようやく合点がいって、ジェレミーは立ち上がる。 「今夜、彼女が現れるんだね?」 「いや、そうとは限らない」 しかしジェレミーを制するように手を挙げながら彼は言う。 「だが、その可能性は非常に大きい。なぜならば、今夜のノース・ウィンド──例の、黒ノ女王に襲われると予言されたヴァンパイアの結社が持つクラブでは、今夜、祝い事を兼ねた大きなパーティが開かれるからな」 つまるところ、とカーマインは続けた。 「ロンドン中の大物ヴァンパイアが集まるということさ。この機会を、あの貴婦人が狙わないはずはない」 「分かった。俺たちは、彼女を待ち伏せするんだね」 「そうだ。下手するとヴァンパイアと一緒に皆殺しにされるかもしれないぞ」 カーマインは、冗談めかしてニヤリと笑う。 「平気、平気」 しかしジェレミーは、わくわくしたような表情を浮かべて、座って両手を揉んでみせた。 「分かる分かる。俺もよくやってるもん。相手チームのサポーターがパブに来るのを待ち伏せるの。んで、ボコボコに」 「そうか、頼もしいな」 会話が微妙に噛み合っていないまま、二人は笑顔でうなづきあった。 「よし。そうと決まれば、まずは夜会服に着替えてくれ。僕の服では小さいかもしれないが、どこかに君にサイズの合うものがあるはずだ」 「オッケー」 敬礼しながら微笑むジェレミー。 「それから、先ほど、僕の友人から連絡があってな。この作戦に加わってくれるそうだ」 もしかして……。そのカーマインの話に、ジェレミーは兄の部下である太った男のことを思い出した。 「クライヴっていう人?」 「いや。ギルバートという男だ」 カーマインは怪訝な顔をして続ける。「ギルバート=コルチェスター。数学者で、優れた月狩人でもある男だ。……現地で合流すると、そう手紙に記してあった」 あ、やっぱりクライヴだ。 ジェレミーは確信した。
* * *
ノース・ウィンドという名前のクラブは、ストランド街に軒を連ねていた。そこはいわゆる劇場街で、馬車や人が多く行き交っている活気にあふれた場所だった。 建物自体も、別にうらぶれた路地裏にあるわけでもなく、表通りに堂々と門を構えた荘厳で立派な紳士クラブである。後ろ暗い者が集まるような場所には決して見えない。 しかしそこが正に、“黒ノ女王”こと、レディ・メイベル・ヘレナ=カールトンの手記にあった場所であり、この時代のヴァンパイアたちの巣窟なのだ。 時刻は、夜だった。 ビックベンの時計が20時を告げるころである。 「……」 カーマインとともに二人で馬車から降り立ったジェレミーは、その建物を見上げていた。 彼は、カーマインから借りた黒の夜会服を着込んでいた。胸ポケットから赤い絹のハンカチを覗かせ、頭にはトップハットを。両手にはきちんと子山羊革の手袋をはめている。 どこからどう見ても、立派な青年紳士だった。 「君は背が高いから、想像以上に見栄えがするな」 横でカーマインがそう言うのを、ジェレミーは照れた笑い一つで受け流す。 正装した彼ら二人の身なりは素晴らしいものだった。しかしジェレミーは気づいていた。そんな自分たちに徹底的に足りないものがある、と。 女性の連れ、である。 ほとんどの者が女性を伴いながらクラブに足を踏み入れていた。男二人などというのは彼らだけだったのだ。 ジェレミーは顔をしかめた。 「……どうかしたか?」 「俺たち、ホモだと思われないかなあ」 カーマインに促され、ジェレミーはそれに従いながら小声でつぶやく。 「それはそれだ」 クスッと笑いながらカーマイン。 「男色家のヴァンパイアは珍しくない。かのオスカー・ワイルドだってそうだ」 「うへえ。俺やだよ、そんなの」 ははは、とカーマインは笑いながら中へと足を踏み入れていった。彼はいつものようにステッキをつきながら、左足を引きずるように歩いていたが、その姿は大貴族らしく、堂々としたものだった。 玄関で執事風の男が近づいてくると、彼は王立闇法廷のカーマイン・クリストファー=アボットだと名乗った。聞くなり、男は慌てて中へと引っ込んでいく。 カーマインは何事もなかったように、建物の奥へと進んでいく。その半歩後ろをついて歩いていたジェレミーは、回りの人間が皆、こちらを注視してくることに気づいた。 柱の陰に立っていた給仕の男は、刺すような視線をこちらに向けてきたが、目が合うと、ぎこちなく会釈した。 現代よりもずっと、夜が暗かった時代である。蝋燭の明かりは儚げで、ホールから漏れている灯りもゆらゆらと揺れている。おそらく大きな暖炉があるのだろう。ジェレミーは自分の生家だった屋敷のことを思い出していた。陰湿な雰囲気と、かすかに匂うカビのような香り……まさに、あの屋敷そっくりだ。 廊下ですれ違った貴婦人は、怪訝そうに眉間に皺を寄せてこちらを見る。どこの誰だろうという疑問から、その答えに自ら気づいて目を見開いている。 やがて、二階分の吹き抜けになっているメインホールに足を踏み入れると、そこにいた着飾った男女たちが一斉に二人の方を振り向いた。しかしすぐに視線を外す。その後は、何人かがたまにこちらをチラチラと見るだけだ。 ──このクラブに集まっている人間は、ほとんどがヴァンパイアなのだ。ジェレミーは、ここに来る前にカーマインに教えてもらったことを思い返していた。 ヴァンパイアと一口に言っても、この時代に跋扈している吸血鬼には様々なタイプがいる。とくに多いのは普通の人間と同じように生活している“生身”で“血の通った”ヴァンパイアである。──もちろん、映画などでよく出てくる“棺桶で目覚めて蝙蝠に変身して美女の生き血を喰らう”ようなクラシカルなヴァンパイアもいるが、それは少数なのだそうだ。 なぜなら、そういった普通の人間から程遠い者は“化け物”として駆逐されてしまうからだ。 カーマインは最後に強調した。“ヴァンパイアが、全て人殺しだと思うな”と。 ヴァンパイアといえど、この時代を生き抜くために、ほぼ普通の人間と変わらぬ生活をしている者も多いのだ。 だから……なのだろうか。ジェレミーは、カーマインの様子を横目で見た。かの王立闇法廷のトップは、自分に向けられる無遠慮な視線に対しても寛大に振る舞っていた。柔らかな会釈を返し、その他の視線については何も気にしている様子はなかった。 そっか。俺も気にしないでいようっと。ジェレミーも口笛など吹きながら、そしらぬフリを決め込むことにした。
「──やあ、貴方がここにいらっしゃるとは」
その場の奇妙な雰囲気を変えたのは、一人の青年の声だった。 二人は上を見上げ、その声の主の存在に目をやった。階段の踊り場である。プラチナブロンドを短くまとめた、青白い顔の青年がこちらを見下ろしている。 目が合うと、形ばかりの会釈を返してきた。 「前もって言ってくだされば、特別な席をご用意したのに」 そのまま、青年は滑らかな口調で続けた。 「御機嫌よう。アイヴォリー卿」 カーマインは、にこやかな態度を崩さないまま応対する。相手の言葉が社交辞令であることなど、当然分かっていたが、それはそれ、だ。 「僕は“特別”という扱いを好かぬのです。聞けば今日は貴方の19歳の誕生日というではないですか。僕からも、お祝いを申し上げようと思い、参りました。漏れ聞いたところによれば、今日は特別にしつらえたディナーを客に振る舞われるとか」 「ほう」 相手は目を細めた。アイヴォリーという名は、ファーストネームなのだろうが、彼自身の肌の色も同時に現しているようだった。 「──解せない、な。貴方が今日の特別なメニューに興味を示され、しかも、まるでご相伴に預かりたいとでも言いたげに私を見るとは」 「それは誤解ですな」 淡々と応じるカーマイン。 「僕はただ、貴方にお祝いを申し上げるために、ここに参ったのです。ディナーの内容には興味はありません」 アイヴォリーは答えず、階段をコツ、コツと一歩ずつ下りてきてカーマインの目の前に立った。正面から彼を見据える。その態度は堂々たるもので、ジェレミーはようやく彼がこの場の主であることに合点がいった。 か弱そうに見えるのは外見だけである。 あの象牙色の肌の下には、獰猛な獣が眠っているのだ。
「──さて、それは本心でそうおっしゃっているのかな」
静かに、問いかけるようにアイヴォリーがそう言うと、場がシンと静まり返った。 ──王立闇法廷のトップが、突然パーティに現れたのだ。何を調べにきたのかと、彼らが勘ぐっても何の不思議もない。 しかしカーマインは答えず、微笑みを浮かべたまま正面から目線を戦わせた。別に他意はありませんよ、とそう主張しているつもりなのだ。 それをじっと見つめるアイヴォリー。視線は、カーマインの微笑みの裏側を見てやろうと刺すような強さを持ったままだ。よもや、カーマインの顔の皮をはいでしまいそうなほどの勢いだ。 「──何の話?」 が、素っ頓狂な声が場の空気を乱した。 ジェレミーだ。当の本人はヘラヘラと締まりのない笑みを浮かべてアイヴォリーを見ていた。カーマインが顔から全く表情を消して横目を送ってきても何のその、だ。 この場の主は、ゆっくりと視線を小脇のジェレミーに移した。鋭い視線を向けたまま、この男は一体何者かと値踏みしているようでもあった。 「カーマイン卿。貴方のお連れはいつも個性的だな。しかし、一つ忠告をさせていただこう」 やがてアイヴォリーは冷たく言うと、ゆっくりとジェレミーの胸に手を伸ばした。そして彼の胸ポケットから赤いハンカチを抜き取ると、床に落とし靴でギリギリと踏みつけた。 全て、見せつけるような、ゆったりとした動作だった。 「──真紅は、我々の色だ。君が身につけるべきでは、ない」 対するジェレミーは、しかし顔の表情を全く変えていなかった。ヘラヘラと笑ったまま、そのハンカチを見、アイヴォリーに視線を戻す。 「ジャジャーン」 場違いな口調のまま、ジェレミーはパッと手を翻し、気取った動作で自分の胸ポケットに指を入れてみせた。 次にポケットから出てきたのは、白いハンカチだった。 「了解。じゃあオレ、白にするよ」 ざわ。周りの者たちが、何かを囁きあった。ジェレミーが見せた“夢魔(ナイトメア)”の力に気づいたのだ。 ジェレミーに、じっと強い視線を注ぐアイヴォリー。その目線を遮るように、カーマインが半歩進み出た。
「誕生日おめでとうございます。アイヴォリー卿」
彼が、まるで感情のこもっていない口調で言い放ったのは、祝いの言葉だった。それを聞いて、アイヴォリーも我に返ったかのようにカーマインに視線を戻す。 スーツの両襟を正し取り繕うように、アイヴォリーは続けた。 「いえ、こちらこそ。貴方のような方にお越しいただき、とても感謝しております」 形ばかりの言葉を返し、「今日はどうぞ、ゆっくりお過ごしください」 「ありがとうございます」 最後にジェレミーにも一瞥をくれてから、このクラブの主はゆっくりと奥の方へと歩いていった。周りの者たちがそれを追うように付いていく。 また空気が変わった。 二人の周りからも、波が引いていくように人が離れていった。誰にも歓迎されていないのは明らかだったが、もはや彼ら二人はそんなことは気にしていなかった。 「ふう」 一息ついて、カーマインがジェレミーを横目で見た。 「危ないところだったな。ああ見えても、彼はバリツ ※ (シャーロキアンの間で有名な、謎の格闘技。かの諮問探偵殿が身につけていたらしいというのは、本文説明の通りです。) の使い手だ。いくら君とて、かなわないかもしれないぞ」 「バリツ??」 「東洋の格闘技だ。ベイカー街の諮問探偵殿も身につけていると話題になったものだ」 ジェレミーは首をかしげた。何のことを指しているのだろうか。ジュードーだろうか、それともカラテか。 しかし今はそれよりももっと気になることがある。 「CC、今の人がボスなんでしょ」 「そうだ」 厳かにうなづくカーマイン。 「アイヴォリー=ストレット。聞いての通り弱冠19歳だが、このクラブの所有者であり、このクラブにたむろするヴァンパイアの結社【血の宣告(クリムゾン・センテンス)】の主だ」 「あんなに若いのに?」 「彼は、いわゆる“転生組”だからな」 「?? 何それ?」 「生まれ変わりということさ。彼は前世で何百人というヴァンパイアを率いていたのだ。そして争いに明け暮れ、命を落として、現世に新たな身体を得て、転生した」 要するに。カーマインは小さく息をついて締めくくった。──彼やそれに従う者たちは、昔の栄光を忘れられないのだ。 フーン。ジェレミーは頭の後ろで手を組み、ホールの向こうに行き見えなくなったアイヴォリーの方を見た。 それはそれで苦労してるんじゃないかな……。そんなことを思ったジェレミーだったが、思考が大きな足音で遮られた。 ドスドスドス……。 玄関の方からだ。誰かがこちらに向かってきている。 「?」 ジェレミーは、視線をそちらに向けた。上品な者が多いヴァンパイアたちにしては妙に粗雑な……。 と、彼は、廊下から現れた人物を見て、目を丸くした。 巨漢である。 ハンプティー・ダムプティーをそのまま人間にしたような男だった。全体のシルエットは丸く、とくに腹のところが大きく大きく前にせり出していた。しかもこんなサイズに会う服がよくあるなというぐらい、それにピッタリとフィットした夜会服を着ているのだ。ただしブルーのハンカチがポケットから覘いていて。服装はお洒落だとも言えた。 しかし、あの縮れたパスタのような髪は一体なんだ? ホームレスと紙一重のようなワイルドなセットだが、それがゼェーゼェーという、その人物の発する息づかいに従ってワサワサと揺れているのだ。 パスタの谷間から、眼鏡が見えた。 古風な、銀縁の丸眼鏡である。 ──アッ! ジェレミーは声を上げた。 「すまん、遅れてしまった。ウチの御者が道を間違えてしまって──」 「やあ、ギルバート。今晩は……」
「──クライヴだ!」
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